花乱  〜花よりもなお〜

                 翠はるか



 ―――泉水さんは強いです。
 ―――泉水さんは役立たずなんかじゃありません。


 あなたはご存知でしょうか。あなたがそう仰るたびに、私の胸に去来する感情を。
 あなたが私の名を呼ぶたびに、私の中に突き上げる熱情を。
 ただ静かに暮らしたいと思っていた私の、それは大きな変化でした。最初は、そのうねりを恐れもした。揺れる感情が怖かった。
 けれど、あなたという太陽は、私を存在ごと包み込み、ささいなこだわりなど綺麗に溶かしてしまった。
 そう。太陽は、地上をあまねく照らす光。最初から、その光から逃れる事などできるはずもなく、そのまぶしい光に惹かれないはずもなかったのです。

 神子。私は、本当に己の存在に意味を見出した事がなかったのです。私は物の数にもならぬ身。いつ、露と消え果てても惜しくはないのだと。
 けれど、私がそう言うたびに、あなたはひどく怒りましたね。その時のあなたの言葉は、いつでも新鮮さと強さをもって、私の耳に甦ります。

 「そんなこと言わないでください。私は、泉水さんが大切だから、泉水さんを悪く言う人は、例え泉水さん本人でも許しません!」

 思いがけない言葉に、私は呆気に取られました。
 けれど、あなたは真剣だった。真剣に怒り…、いえ、悲しんでくださった。私のために。そして、私の代わりに。
 悲しむ事すらできなかった、欠けた私のために。

 あなたと出会って、私は、自分の真の愚かさに気付きました。
 御仏の慈悲は果てしない。私にもあなたにも皆にも、その大慈大悲は等しく降り注ぐ。
 出家を志しながら、私はそのような事も分かっていなかった。私にできる事は少ないけれど、それは資質がないのではなく、発現していないだけ。それを見つける旅こそが、仏道なのだと。
 私の内にもある仏性を、私は卑下してばかりいた。あなたが、その罪から私を救ってくださったのです。
 あなたのために何かしたいと、そのための力が欲しいと、そう思わせてくださったから。
 ああ、私はこんなにもあなたが愛しい。

 強い感情に飲まれそうで、あなたの側にいる事を怖れた時期もありました。
 けれど、もう大丈夫です。
 あなたという光を追う私は、迷いの森にあっても、その先にある光を信じる事ができますから。

 神子。
 あなたの優しさや笑顔は、皆のものかもしれません。けれど、ふと見せるわがままや、泣きそうな表情は、私だけのものだと、自惚れてもいいでしょうか。
 そして、もうひとつ許して頂けるなら、あなたにも私が必要なのだと、そう思わせてください。
 そうする事で、きっと私は強くなれる。
 何よりも大切な、あなたのためだから……。


<了>


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