残月
月が冴え冴えとした青白い光を放っている。
彼は、今日も一人それを見上げる。月に帰ってしまった我が君。
君の事を思い出すのは、とても疲れる。様々な感情が、私の中をかき回していくから。
本当は、もう君のことは考えたくない。
単に、私の人生を通り過ぎていった出来事のひとつとして、記憶の片隅に追いやってしまいたい。
けれど、私がいい意味でも悪い意味でも強い感情を抱けるのは、君の事を思い出しているときだけだから。
一度、強い光を知ってしまったら、それが去った後は、もう何もかもが無彩色の世界にしか見えない。あの時、彼女は迷っていた。
私を慕う気持ちと、家族のもとへ帰りたいという気持ちと。
どちらも選べずに、いや、帰りたいけれど、という気持ちだったのだろう。
私は、彼女を行かせた。――――君は、私の桃源郷の月。
どんなに手を伸ばしても、もう届かない。ただ、果てしない遠くにあるだけ。彼は、静かに目を閉じる。
私が君を思い出すとき、決まって浮かぶのは君の泣き顔だ。
最後に別れた時に、君が泣きそうな顔をしていたからだろうか。他の表情のほうが、見ていた時間は多いはずなのに。
もっと、別の顔を思い出したい。拗ねた顔、怒った顔、真剣な顔、そして笑った顔を。
なのに、出てくるのは、辛そうな君の顔ばかり。
……私は、悔いているのだろうか。静かに首を振る。
いや、悔いているのではない。あれで良かったのだろう。ただ……、思っていたよりずっと、苦しいだけだ。
彼は目を開けて、もう一度、月を見上げた。
私の月の君。
泣かないで。
私にはもう、君を抱きしめて、その涙を拭いてあげることができないのだから。
<了>