ある昼下がり
翠 はるか
「う〜ん、最近､だいぶ暑くなってきたね」
とある昼下がり。天真の部屋に遊びに来ていたあかねは、脇息にころんと頭をのせた格好のまま、天真に話しかけた。
「そうだな、結構蒸してきたし。……けど、お前さあ。人の部屋まで来て、ごろごろしてんじゃねえよ」
「いいじゃない。全く気を使わなくていいのって、天真くんの前だけなんだもん」
「ああ、お前、他の奴らの前じゃ､すっげえ猫かぶってるもんな。頼久なんか､この間俺に『神子殿は、本当に心ばえの素晴らしい清らかな方だ』って語るんだぜ。その清らかな神子様が､だらしなく上着の襟開けて、ごろんと横になってんの見たら、何て言うか」
天真がやれやれと首を振る。とたんに、あかねの眉がぴくっと揺れた。
「うるさいな。さわやかな顔して、ロリコンの天真くんに言われたくないよ」
「な…っ！ 誰がロリコンだよ！？」
「て・ん・ま・く・ん。聞こえた？」
「あのなっ。…別に、俺は……、藤姫は妹みたいなもんで、ロリコンとかそんなんじゃねえよ」
あかねが勝ち誇ったように笑う。
「あら？ 私、別に藤姫のことだなんて一言も言ってないけど？ そう思うってことは､やっぱり心当たりがあるんだ」
天真が赤くなって、あかねにつかみかかる。
「てめえなっ！」
「なによ！ 関節技なら負けないわよ！」
あかねが拳を握りしめて､がばっと立ち上がる。が、足を踏み出そうとしたとたん、脇息につまずいて､あかねの身体が前のめりに倒れた。
「きゃあっ！」
「うわっ」
ドタバタガシャンと派手な音を立てて、あかねと天真がもつれ合うように床に倒れる。
「いったあ〜〜い………」
「…それは、俺のセリフだよ。思いっきり腹の上に倒れやがって」その時､部屋の外からドカドカと足音が聞こえてきた。
「何事だ？ 今､神子殿の悲鳴が―――」
足音の主は頼久だった｡部屋の中の様子を見て､身体を固まらせる。
「こ、これは………」
「頼久さんっ！」
「頼久っ！」
二人が同時に叫ぶ。
「み、神子殿…、天真、と……」
頼久が呆然と呟く｡天真は､はっとして身を起こし､あかねを脇にどけた。
この状況に、頼久が誤解をしているのは間違いない｡
「おい頼久、言っとくけど、これは――――」
天真は説明しようとしたが、頼久は彼の言葉など聞いておらず、哀しげな表情で、がくりと両膝をついた。
「……神子殿､天真にも手を出されていたのですね」
……は？
「私だけだとおっしゃったのは、偽りだったのですねっ！」
悲痛な声で叫んで､頼久がダッとその場から駆け出していく。唖然とそれを見送る天真の前を､あかねが慌てた様子で駆け抜けていった。
「待ってください、頼久さん！ 私が、あんな事したのは頼久さんだけですって！ 待ってくださーい！！」
ドタバタと二つの足音が、廊下の向こうに消えていく。
それを聞き届けてから、天真はがっくりと肩を落とした。
「……頼久。お前､あかねに食われてたのか」
その上で､清らかだの美しいだの言っていたのか。
「俺……、お前の忠誠心を甘く見てたよ」
しみじみと呟きながら､天真はせめて頼久の今後の幸せを祈ろうと思った｡
＜劇終＞
小ネタが浮かんだので、さらっと書いてみました。
ごめんよ、頼久……（＾＾；。