理由

       翠 はるか


 「ふう…。何か収穫あったか、詩紋?」
 「ううん。天真先輩も…みたいだね」
 天真は蘭を、詩紋はセフルを探すために京に残ってから、少し。
 邸の門の所で出会った二人は、今日の捜索も徒労に終わったことを確認し、ため息をついた。
 「とにかく、今日はもう休むか。続きはまた明日だ」
 「うん、そうだね」
 二人は気を取り直して邸に入り、自分らの部屋へと向かった。
 その途中の廊下で、男女がいさかう声がし、二人は咄嗟に物陰に隠れ、様子を窺う。
 「…また、やってやがる」
 友雅とあかねだった。
 「よくもまあ、ああ飽きもせずに化かしあいを続けられるよな。あの二人も」
 「そうだよねえ。今日は友雅さんのほうが優勢みたいだよ」
 「ふうん。一体、何勝何敗くらいなんだろうな」
 「さあ」
 詩紋が首をかしげる。
 「でも、あの二人…、どうしてあんなに仲が悪いのかなあ」
 「あ? そりゃ、互いの相手に、互いがちょっかい出すのが気に入らないんだろ」
 「うん…、でも、あかねちゃんは、何だか最初から友雅さんの印象が良くなかったみたいだよ」
 天真が、何かを思い出したような表情になる。
 「…そういや、そうだよな」
 「でしょ? もしかして、初対面の時に、何かあったのかなあ」
 「かもしんねーな。何があったんだろ……」
 「うん……」

(予想その1)

 「こらこら藤姫。それでは神子殿が困ってしまうよ」
 突然、京を救ってくれと言われ、戸惑っていたあかねは、新たな出現者に救いを求めて、そちらを振り返った。
 しかし、その人物を一目見るなり、あかねは思わず「うげっ」と呟いた。
 まず、その髪。背中の中ほどもある、ゆるやかに巻いた髪を、無造作っぽく垂らしている。あかねは、基本的に男のロン毛が嫌いだった。まとめてあればまだいいが、だらだらと垂らしているなんて言語道断。
 そして、その着物。これも、きちんと着てればいいものを、わざと着崩して、やたら首筋と鎖骨を強調している。「優男に見えるが、着やせしてるだけで実は逞しいんだよー」と訴えられているようで、非常にいただけない。
 極めつけはその立ち姿! 大人の余裕を示すようにゆるやかに腕を組み、見せ方は心得ているとでもいうように、きっちり右ななめ45度の角度で見下ろしてくる。
 …なに、この男は。
 あかねは引きつった顔で、その派手な男を見ていた。可能な限り、お近づきになりたくないタイプの男性だ。
 だがしかし、この右も左も分からない状況の中では、そう贅沢も言っていられない。あかねは意を決して、その男に話しかけようとした。
 が、それより先に、男が口を開いた。
 「それで君、年は?」
 ――――はい?
 あかねの眉が、ぴくんと揺れる。年? 初対面の少女にいきなり年?!
 ぐらぐらときたが、黙ったままでいるのは、素直に答えるより我慢できない。あかねは、「戯れはおやめください、云々」と、男を注意している少女を制して、ずいっと一歩前へ出た。
 「16です」
 「ふうん。名前は?」
 「元宮あかねです」
 「…ふうむ」
 男は目を細めて、じろじろとあかねを見つめた。そして、ふっと笑みを浮かべる。
 「なかなか可愛らしいがね。私の恋の相手には、まだ早いようだ」
 ――――はいい?!
 その瞬間、見知らぬ場所に飛ばされた事で、一時的にしおらしくなっていたあかねが、本性を取り戻した。
 (怒)マークを額に浮かべながら、足をもう一歩前に踏み出す。
 「そういうあなたこそ、いくつなんですか?」
 怒りの感情を隠しもせずに尋ねてくるあかねに、男がくすりと微笑む。
 「素直だね。だが、私は質問されるのは好きじゃないんだ。それが、自分のことであっても、仕事のことであってもね」
 「あ。そうですか。じゃあ、勝手に推測します」
 あかねは声のトーンを更に下げ、男の髪からつま先までじろじろと見回した。
 そして、にやりと笑う。
 「あ、白髪見つけちゃった。あなた、若づくりだけど、三十超えてるでしょう。つまり、私が二回人生を送れるくらいのお年ですよね。
 はっ。こっちこそ、あなたみたいなおじさんに、このまっさらな若い身体を捧げるなんて、まっぴらごめんですよ」


 「―――――とか、あったんじゃないか?」
 「うん、あかねちゃんなら、それくらい言いかねないよね」
 勝手な想像をしながら、天真と詩紋が、うんうんと頷く。
 「…うーん。後、こういう事もありえるかも……」
 「なになに……」

(予想その2)

 「はあ……」
 あかねは用意された寝室で、脇息に顔を乗せて、ため息をついていた。
 あの訳の分からない仮面の男。あの男と戦わなければいけないという。あの男を倒さなければ、元の世界へは帰れないのだと。
 どうして、こんな事になったのかなあ……。
 あかねは、もう一度深いため息をついた。
 「憂い顔も、また風情があるね」
 「!?」
 突然、割りこんできた見知らぬ男の声に驚き、あかねは反射的に脇息をそちらに投げつけた。
 ガン! ガタン!
 派手な音を立てて、脇息が壁にぶつかる。そのすぐ横の入り口に立っていた男は、目をむいて、ばらばらになって床に落ちた脇息を見つめた。
 「…随分なお出迎えだね」
 「…あなた、誰?」
 あかねは、いきなりやってきたその男をじろりと睨みつけた。男が肩をすくめる。
 「せっかく、夜に忍んできたのだから、もう少し、艶めいた返事を聞かせてほしいものだね」
 「はい?」
 あかねは眉をひそめる。こんな訳の分からない所で、少女漫画なら赤薔薇をしょってそうな男が、夜にいきなり部屋に入りこんできて、「えっ?」なんて顔を赤らめる女がいるとでも思ってるの?
 内心そう思いつつ、相手の様子を窺っていると、男はふわっと、砂吐きそうなくらいに甘ったるい微笑みを浮かべて言った。
 「私の事は月読とでも呼んでくれ」
 「ツクヨミ? 確か、ケヤキで作った弓のことでしたっけ?」
 「それは槻弓(つくゆみ)。そんな誰も知らない言葉で、無理やりボケなくても」
 律儀につっこんでから、男は気を取りなおすように、コホンと咳払いをした。さすが、浮名を欲しいままにするような男は、これくらいじゃへこたれない。
 「龍神の神子が選ばれたと聞いて、様子を見にきたのだけれどね。なかなかに可愛らしいが、まだ幼げだね。私の恋の相手になるにはまだまだ」
 そう言って、腕ですいっと優美な曲線を描きながら、扇を口元に当てる。
 あかねは、手元に脇息を残しておかなかったことを激しく後悔した。
 「…ふんっ。こっちだって、あなたみたいなおじさんに―――――以下同文」


 「―――――とかいうのは?」
 「ああ、なるほど。その辺のものを武器にするのは、あいつの得意技だもんな」
 「そうそう。僕たちもよくやられたよねー」
 「ああ。今まで、よく傷一つなく生きてこれたよな」
 「おかげで、戦闘中の防御率上がったんじゃない?」
 「言えてる、言えてる」
 二人は、はははと笑い合い、しばらくして同時にため息をついた。
 「……虚しいな」
 「……うん。あ、あかねちゃんと友雅さん、もういないよ!」
 「そっか。んじゃ、俺たちも部屋に戻るか」
 「うん」
 二人は、帰ってきた直後より、更に疲れた身体を引きずって、自室へと戻っていった。


<終劇>


この話のあかねちゃんは、決して私ではありません。(^^;。
半分くらい…(笑)

 

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