朝露に消える

―― 1 ――



 秋風が赤く色づいた葉を落としながら、吹きすぎてゆく。
 その風に打たれながら、男が一人庭にたたずんでいた。その奥にある豪奢な建物では賑やかな声が飛び交っていたが、男は気を取られる様子もなく、静かに辺りの気配を窺っている。
 男の名は源頼忠。長身で均整の取れた身体つきをしており、その身のこなしには一分の無駄もない。彼は、この院御所を守る武士なのだ。
 「……?」
 不意に、それまで石像のように動かなかった彼が身じろぎをした。こちらに近づいてくる足音がする。
 「頼忠殿」
 やがて現れた人物に、頼忠は警戒を解いた。同じく院御所を守る武士の一人だ。
 「なにか」
 返す言葉は、そっけない口調だった。だが、相手の武士は気にした様子はない。この男はいつもそうなのだ。
 「棟梁が呼んでおられる。すぐに向かわれよ。この場は、私が引き受けよう」
 「棟梁が? …分かり申した。それではお願いする」
 頼忠は男に一礼すると、すぐに棟梁のいる兵舎に向かった。棟梁からの火急の呼び出しとなれば、何事か起こったという事なのだろう。
 去りゆく頼忠の肩に、紅葉がひらりと舞い落ちた。

 それが、始まりだった。

 

 「離れの警護を?」
 棟梁の言葉に、頼忠は戸惑ったように問い返した。
 てっきり事件でも起こったのかと思っていた頼忠にとって、棟梁から告げられた命は意外なものだった。彼に、院御所の離れの警護を申し付けるというのだ。
 「そうだ。あの殿舎に誰が住まっておるかは承知しておろう?」
 「はい」
 頼忠は頷いた。
 離れは、大きな催事、または高貴な客人を迎える時に使われる殿舎。その離れの一棟が、今は一人の少女に与えられていた。これは破格の待遇だ。院が、彼女に重きを置いている証である。
 その少女とは、京の理が乱れた時に遣わされるという龍神の神子。頼忠は直接彼女を見たことはないが、平家の姫君であるという事は聞いていた。彼女は院に憑いていた怨霊を見事に祓い、その功をもって神子と認められたという。
 「龍神の神子は、京を救うお方。警護には特に力を尽くせと、院より格別なお言葉も頂いておる。心するように」
 「は。そのような役目を任せて頂くとは、ありがたき幸せ」
 頼忠は深く頭を下げた。院よりわざわざ言葉があったほどの役目ならば、棟梁自らが自分を呼びつけたのも分かる。しかし、頼忠には、もう一つ疑問があった。
 「頼忠、他で何事かあるようでも、お前は駆けつける必要はない。ただ、神子姫をお守りする事に全力を傾けよ」
 「承知いたしました。…棟梁、不躾ながら、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
 「なんだ?」
 「確か、あの殿舎の警護には、特に上位の方々があたっておられたはずです。何故、私などにまでそのような大役を? 理由があっての事でしたら、教えて頂きたく思います。無論、警護をする上で必要のない事でしたら聞きませんが」
 その言葉に、棟梁は苦笑のような笑みを浮かべた。
 「龍神の神子は、神と通じられる方。それゆえか、なかなか不思議の多い方での」
 「はあ…」
 頼忠はかすかに眉を寄せる。棟梁の言わんとするところが掴めなかった。
 「よほどの剛の者でなくば勤まらぬのよ。ゆえに、お前が警護するのは神子姫の部屋の前。もっとも重要な所だ。信頼しておるぞ、頼忠」
 「は…、ははっ。確かに承りました」
 頼忠は再び頭を下げた。それは思いがけぬ棟梁からの最上の言葉。彼はそれ以上追及する気も失せ、すっと立ちあがった。
 「では、さっそく離れへと向かいます」
 「うむ。頼むぞ」
 頼忠が兵舎を去っていく。その後ろ姿を、棟梁は祈るような眼差しで見送っていた。



 深夜。
 強い風が唸り声を上げ、頼忠の耳を打つ。随所に焚いてあるかがり火が風にあおられ、不気味にその赤い姿を変えている。そして、空には群雲の間から見え隠れする小刀のような二日月。いまにも怨霊が跋扈しそうな夜だ。
 だが、頼忠は特に緊張した様子もなく、周囲の気配を窺っていた。並みの者なら怯えていただろう。だが、夜の警護も多い頼忠にとって、この程度の不気味さはよくある事だ。
 しかし……。
 頼忠がかすかに怪訝そうな表情になり、一刻ほど前の事を思い出す。
 気になるのは、この場の警護を替わった時のこと。
 今夜から、ここの警護役を任されたと告げた途端、その前任者は気の毒そうな表情を浮かべたのだ。そして、歯切れの悪い激励の言葉を残し、他の持ち場に移っていった。棟梁の言葉といい、一体、何があると言うのか。
 頼忠は思考に耽りかけるが、すぐにその思考を追い払った。何があっても関係ない。自分の役目は、この場に近づく者を排除し、神子を守ること。
 頼忠は気を引き締めなおし、背筋を伸ばした。

 そして、丑の刻ほどになったと思われる頃、彼は風の音に、何か違う音が交じったのに気付いた。
 はっと耳を澄ませてみると、細い細い空気を切り裂くような音が聞こえる。風の音に似ているが、微妙に違う。
 頼忠は注意深く辺りを窺った。不審者の侵入、という感じではない。だが、確かに何かが起きているらしいと感じる。
 「……!?」
 不意に、頼忠は身体を震わせた。
 なんだ? 何かが今、身体をよぎった。
 頼忠の身体の中を、ねっとりとした感覚が過ぎ去っていった。絡みつくような、ねばつくような気味が悪い感触。
 「何事だ…?」
 呟きつつ、頼忠ははっとした。そのねっとりとした感覚は、彼の胸から背中へと抜けていった。つまりは、神子のいる部屋のほうへと。
 「神子殿っ?」
 慌てて振り返る。だが、どうやら取り越し苦労だったようで、彼女の部屋は静かで、何のおかしな気配もなかった。
 頼忠はほっと息をついた。だが……。
 「あ…?」
 頼忠は思わず声をあげた。先ほどと同じような、ねっとりとした感覚が、また頼忠の身体をすり抜け、神子の部屋のほうへと向かって行った。それが合図のように、かすんだ靄のようなものが周囲から現れ、やはり神子の部屋へと向かって行く。
 な…んだ、これは…。
 頼忠は背筋が冷えるのを感じた。
 靄は生き物のように蠢いていた。そして、神子の部屋に近づくにつれ、その輪郭がくっきりと浮かび上がっていく。次第に色彩もはっきりしていく。その異様な形をあらわにしながら。
 これ…は……。
 それは、これまで頼忠が見た事のないものだった。形も様々で、人形に似ているものもあれば、全く違うものもある。あえて彼の知っているものに当てはめるとすれば、それは魍魎(もうりょう)。この世にあってはならぬもの。
 さすがに、頼忠も度肝を抜かれた。だが、その魍魎たちが部屋の戸口辺りにまで迫ったのを見て、理性を取り戻す。このようなものを、龍神の神子に近付けるわけには行かない。
 頼忠は彼女の部屋のほうへ駆け出そうとした。だが、それより先にカタンと音がして、部屋の扉が開いた。
 頼忠ははっとした。開いた扉から、袿姿の少女が出てくる。かがり火に照らされて、その姿は夜闇の中に浮かび上がって見えた。象牙色の肌に、闇に溶け込むような艶やかな黒髪。桜色に色づいた口唇。
 ―――龍神の神子。
 彼は、それまで龍神の神子という存在に特別な幻影など抱いた事はなかった。だが、目の前に現れた少女に対して、『神子』という言葉の与える印象そのままの姫だと思った。透き通るような美しさ、とでも言うのだろうか。
 頼忠が当惑しているうちに、その少女―― 千歳は廊下へと出て来た。魍魎の集まる中に足を踏み出し、それらに向かってふわりと両手を広げる。
 「…っ。神子姫!」
 魍魎たちがいっせいにうごめき出したのを見、頼忠は叫んだ。千歳ははっとして頼忠のほうに目を向け、彼が抜刀しつつ駆け寄ってくるのに気付いて、目を見開く。
 「神子姫、部屋にお戻りください。この場は私が」
 魍魎に刀が通じるかは分からない。だが、とにかく彼女を守らなければと、それらに向かって刀を振り上げた時、青ざめた千歳が頼忠に向かって制止の手を上げた。
 「やめて! 何をするの!?」
 「…え?」
 頼忠が刀を振り上げたまま動きを止める。千歳の目には、明らかな非難の色が浮かんでいた。
 「神子姫…? ですが、この魍魎はあなたに襲いかかろうと…」
 「あ…」
 頼忠が戸惑いつつ告げた言葉に、千歳はほっとしたように微笑んだ。
 「驚かせてごめんなさい。でも、この怨霊たちは誰にも危害を加えたりしないわ」
 「怨霊…?」
 その言葉に、頼忠の心に再び警戒心がもたげる。怨霊と言えば、先頃、院に取りついたように、人に害をなす存在という認識しかなかった。
 「何故、怨霊などが…」
 その声には不審の色が混じっていた。それを感じ取り、千歳は悲しげに目を伏せる。
 「あなたには分からないわね。でも、この怨霊たちは本当に危害を加えないわ。ただ、私に話を聞いてもらいに来ただけ」
 「話…? 怨霊が、ですか?」
 頼忠は混乱していた。思いがけない事ばかり起こる。だが、確かにこうして話している間も、怨霊たちは千歳の側に控えるようにしているだけで、彼女に何かしようという気配はない。
 「…今一度、確認させてください。この怨霊はまことに害をなさないのですね?」
 「ええ。怨霊は確かに悪い事をすることもある。けれど、彼らも苦しいの。こういう存在になってしまったのは、彼らだけのせいではないわ」
 「そうですか。承知しました。で過ぎたまねをして、申し訳ありませんでした」
 頼忠はようやく刀を下ろし、刀身を鞘に収めた。千歳が驚いたように頼忠を見る。
 「あなた…、本当に、この怨霊が危害を加えないと信じるの? 気味が悪くはないの?」
 「神子姫がそうおっしゃるならば、それを疑う理由はありません」
 「…変わった人ね。皆、気味が悪そうに、私を遠巻きにしていたのに」
 「そのような…」
 頼忠は言いかけて、はっとした。
 棟梁や、前任の者が言い辛そうにしていたのは、この事だったのだ。
 「もしや、他の武士は神子姫の警護から離れてしまったのですか?」
 彼女の言葉からして、こういう事は初めてではないらしい。それに怯え、彼女を守る者がいなくなっての頼忠の抜擢だとしたら、これはゆゆしき問題だ。院より特別の警護を命じられている姫を放り出すなど。
 一方、千歳は突然語調を荒くした頼忠に、戸惑いの目線を向けた。
 「いえ…、そのような事は。院にももったいないほどの配慮をして頂いているわ」
 確かに、武士たちは自分に近づいてこない。けれど、警備をしてくれている姿は見かける。それだけで充分。自分の周りに人がいないのはいつもの事だ。
 「……そうですか」
 頼忠は不満げながらも頷き、小さく嘆息した。
 「では、神子姫は、しばらくこちらにおられるのですか?」
 「ええ…。彼らの話を聞かなくては」
 彼らは、千歳の知らぬ街の様子を語ってくれる。それに、導きのないまま放り出された怨念は、憎しみの呪に捕らわれて殺戮を繰り返す。彼らの言葉はこちらの胸も潰れるような悲しみと苦しみに満ちたものだが、放り出してしまう訳にいかない。
 千歳の言葉に頼忠は頷き、その場に膝をついた。
 「ご不快を与えた身で、まことに申し訳ありませんが、私は貴女をお守りする任を申し付かっております。御前に控えるをお許しください」
 千歳が、再度驚きの眼差しで頼忠を見つめる。
 「ここに…? あなたは平気なの?」
 今も、彼女の周りには多くの怨霊が集ってきている。今夜のような風の強い日は、怨霊はその嘆きを風に乗せて遠くまで飛翔する。千歳の強い気は、それらを惹きつける。
 「貴女をお守りする事が、何よりも優先すべきことです」
 千歳の問に、頼忠は淡々と答える。それが、彼にとって何よりも大事なこと。
 そう、怨霊など、何ほどの事があろう。
 頼忠には、怨霊などより、己の役目を放棄してしまう事のほうがずっと恐ろしかった。
 千歳はしばらく彼を見つめた後、ためらいがちに口唇を開いた。
 「本当に…、あなたは私を守ってくれるの?」
 それは、問いかけではなく、祈りの言葉。
 彼は院御所の武士。だから、千歳の警護をする。それだけの事。
 けれど、それだけでも良いから、自分を”守る”と言って欲しかった。黒龍の神子である彼女には、八葉は与えられない。家族とも疎遠であり、黒龍が遣わしてくれた白拍子は、協力はしてくれても千歳には冷たい。
 さみしかった。
 それでも、滅びへの歩みを止めようと、一人立ち上がった。けれど、孤独は彼女の胸を深く蝕む。儀礼的な言葉にさえ救いを求めてしまうほどに。
 頼忠は、そんな彼女の胸中など知る由もないが、彼女の望み通りに頷いた。
 「この身に代えましても」
 「…………」
 千歳は長いこと黙っていた。その沈黙を不審に思った頼忠が顔を上げると、彼と目が合った千歳はふわりと微笑んだ。
 頼忠は思わずどきりとした。柔らかな微笑は、それまでの神々しいゆえに近づきがたかった雰囲気を消し、少女らしい人懐こさを感じさせる。
 「ありがとう。…あなたの名前を聞いてもいいかしら」
 「…あ、はい。源頼忠と申します、神子姫」
 「私は平千歳。そう呼んで」
 「は、はあ…」
 頼忠は困惑したが、神子の言葉なのだからと、すぐに気持ちを切り替える。
 「承知しました、千歳殿」


 以来、頼忠は離れの警護を任される事になった。
 千歳とは、普段言葉を交わす事はなかったが、時折、彼女が自分を見ている事に気付いた。それはいつも一瞬の事で、声をかけるわけでも、何か頼むわけでもない。ただ頼忠がそこにいるのを確認するように。
 最初の晩のような風の泣く夜―――怨霊が集う夜には、頼忠は千歳の側近くに控える。千歳が怨霊と語り、時に道を示すのをそこで聞き、たまに千歳が声をかけてくるのに答える。口下手な頼忠は生返事を返す事が多かったが、それでも千歳は満足そうだった。
 そうした時間を過ごす内、頼忠の彼女に対する考えも変わってきた。
 龍神の神子は、伝承の中でしかその存在が記されていない。その存在を疑っている者も多い。だが、頼忠は龍神の神子が実在し、それが千歳である事を疑ったことはない。なぜなら、院がそう信じるからだ。
 主の言葉が己の全て。頼忠は頑ななまでにその信念を守ってきた。けれど、この頃は、自身の意志でもそう思うようになった。
 京の綻びを愁い、悲しげに天を見る千歳の眼差しには、深い慈愛を感じる。
 怨霊は単なる化け物ではないと教えてくれたのも彼女。
 ―――少し前の風が強い夜。千歳は一体の霊を頼忠に示した。
 千歳ほどはっきりとは見えないが、頼忠にも大体の輪郭くらいは見て取れる。それはまだ幼い童女のようだった。
 「童女のように見えますが…」
 「ええ、そう。ほんの一刻ほど前までは」
 「一刻?」
 「京八条で火事が起こったの。今夜は風が強い。火は燃えさかり、この子の命を飲み込んだ。……火事は怖いわ。多くの命を飲み込んでしまう」
 千歳は悲しげに言い、立ち上がった。部屋の中に戻り、すぐに水差しを持って戻ってくる。
 「さあ、お水よ」
 千歳は椀に水を注ぎ、童女に向かって振り撒いた。水滴はきらきらと輝いて童女の身体を包み、その姿をかき消した。
 驚く頼忠に、千歳は微笑む。
 「黄泉国へ旅立ったの。彼女は怨霊になりきっていなかったから、すぐこだわりを解くことができたわ」
 「そうなのですか…」
 「ええ。あの子は、ただ喉の乾きを訴えていただけだったから…」
 千歳は言いかけ、頼忠の表情がまだ強張っているのに気付くと、彼から目をそらした。
 「やはり、恐ろしいわね。この力を気味悪がられても、それは仕方のないこと」
 「いえ、貴女は龍神と意を通じる事ができる方。私などには分からぬ事理をお知りになる方なのでしょう。それを気味が悪いなど、不敬の至り」
 頼忠は答え、ふと気付いた。
 また、この問答だ。
 彼には、千歳と何度か言葉を交わす内に、気付いた事がある。
 千歳はよく「自分を守ってくれるか」「自分が気味悪くはないのか」と聞きたがった。はっきりと問いかけるのではなく、別の言葉に紛れ込ませる事もあったが、突き詰めていくとその二つの問いかけに還元される。
 頼忠はその度に、「必ずお守りします」「気味が悪いなど思いません」と実直に繰り返した。そう答えると、千歳は安心したように表情を緩める。時には微笑む。今のように。
 頼忠は、千歳が微笑を浮かべて振り返るのを、複雑な想いで見つめた。
 千歳はあまり自分の事を語ることはしなかったが、その力や神子として立った経緯などを聞いている内に、頼忠にもさすがに分かった。
 この姫はさみしいのだ。
 無理もない、と思う。彼女の警護役につくようになって気付いたが、彼女は一日中、ほとんど人と言葉を交わすことがない。女房はいるが、武士でさえ千歳の周りに集う怨霊に及び腰になるのだ。ましてや、女の身に耐え切れる事ではない。必要な仕事を終えたらすぐに退出すると言う有り様。それに、どうやら、実家にいる時も似たような状況だったようだ。
 また、文が届けられる事もない。ただ、たまたま千歳の実家から来た文を一度預かったことがある。やはり、娘を案じているのだろうとほっとしつつ、すぐに千歳に渡したが、彼女は表情をかすかに強張らせて、それを送り返すように言った。
 頼忠は困惑したが、千歳が部屋へ引きこもってしまったので、仕方なくそれを手近にいた女房に任せた。すると、その者は無類の噂好きで、無理矢理聞かされたところによると、彼女の実家は家勢がふるわないらしく、院に出世のとりなしを頼む文をよく送ってくるらしい。今度もきっとそれだと。
 頼忠は呆れた。
 千歳が院御所に上がったのは、京を滅びから救うため。そのため、日々祈りを捧げている彼女を、自身の出世のためにしか考えられないのか。
 龍神の神子という立場を取り払ってみれば、彼女はまだ15の娘に過ぎない。掴んだら折れそうな細い肩に京中の期待を乗せ、どんなにか心細いだろうに。怨霊の嘆きを聞いた後、ひっそりと涙していることも知っている。
 ―――せめて、神子としてここにおられる間は、私が全力でお守りしよう。
 頼忠は改めて決意した。彼女を守るという任に、彼自身の希望も交じりはじめていた事に、頼忠はまだ気付いていなかった。
 以来、頼忠はいっそう誠実に千歳に仕えた。そんな頼忠を千歳も信頼した。

 しかし、その穏やかな関係は、突然崩れることになる。頼忠が異界から来た少女と出会う事によって。


<続>


 

[次へ]