宴の後

         翠はるか


 蘭が出て行った後、天真はそちらを気にしつつも、残りの者たちと残りの時間を過ごしていた。
 最初はうさんくさい奴らばかりだと思っていたが、今では良い友人だ。二度と会えないという思いも感傷を増幅させる。
 蘭は…どう思ってるんだろうな。
 しかし、思考はやはり妹へと向かう。
 恋人と別れ、二度と会う事はかなわない。
 心配だが、でも二人は納得しているようだし、あまりうるさくも言えない。
 小さく息をついた時、静かな足音がして、藤姫付きの女房が姿を現わした。
 「藤姫様。支度は全て整いましたが」
 皆の間にざわめきが走った。これで本当にお別れなのだ。
 誰もが名残惜しさをかみしめる中、藤姫が気遣わしげに女房を見返した。
 「ありがとう。あの、友雅殿はいらしていませんか? お見えになられるはずですけれど」
 「あら、橘少将様でしたら、少し前にいらして、こちらへ向かわれましたが。いらっしゃられませんでしたか?」
 「まあ。いえ、こちらへは来ておられませんわ」
 「おかしいですわね。こちらへ来る途中にもお会いしませんでしたのに。庭にでも降りられたのでしょうか」
 天真の耳がぴくっと揺れる。
 今、蘭は庭にいる。そして、友雅も庭に降りたのだとしたら……。
 「…俺、ちょっと探してくる」
 「え?」
 立ち上がった天真を、あかねは不思議そうに見た。わざわざ探しに行くほど、仲が良かっただろうか?
 「…支度ができたなら、蘭も呼んでこないといけねえし」
 その言葉で、あかねは納得した。
 「ああ…。でも、行かないほうがいいんじゃないの?」
 あかねがこっそりと言う。だが、その会話を聞いていた泰明がまったく他意なく口を挟んだ。
 「なんだ、あの二人は共にいるのか」
 天真のこめかみがぴくっと震える。そして、複雑そうな顔になると、部屋を出て行ったのだった。
 「あ、天真くん、ダメだって」
 あかねが慌てて天真の後を追っていく。残された皆は顔を見合わせ、やはりその後を追っていった。


 廊下を大股で進み、曲がり角でまがろうとした天真は急に足を止めた。後ろに続いた面々は、それぞれ前の者の背中にぶつかり、鼻を押さえる。
 「天真くん、急に立ち止まらないでよ」
 「しっ! お前ら、下がれ!」
 天真が血相を変えて、皆を押しとどめようとする。だが、そう言われて引っ込む者がいるはずもない。天真の腕の間から、皆して曲がり角の向こうを覗き込む。
 「だ、駄目だっ。見るなあ!!」
 天真が叫ぶが、もう遅かった。
 「…うわー」
 「すっごい、濃厚…」
 庭では、友雅と蘭のキスシーン真っ最中だった。十七以上のものは恥ずかしげに横目で、それ以下のものは興味を隠そうともせずに、その光景をまじまじと見つめる。
 「ばか、見るなって言ってるだろ! 全員、目をつぶれ!」
 「そう言われましても、もう見てしまいましたし。良い光景ではありませんか」
 鷹通がのんきに言うと、天真が殺気立った目で睨みつける。
 「何がいいんだ。ほら、早く目をつぶれ。これ以上、妹が汚されてる姿を人目にさらしてたまるか!」
 「天真殿、汚れだなどと…。あのように想い合ってる姿は美しくこそあれ、穢れとは思えません」
 柔らかく言ったのは永泉で、更に爆弾を落としたのはイノリだった。
 「接吻くらいでうろたえんなよ。あの二人付き合ってたんだろ? いつもはもっと凄いことしてるって」
 天真の身体が、時間が止まったかのように動かなくなる。咄嗟に聞く事を拒絶したのだが、イノリの言葉はじわじわと天真の耳から鼓膜に伝わり、聴神経を通って、とうとう脳に達した。
 「うわああっ!!」
 「もおお! 余計なこと言わないで!」
 あかねが慌ててイノリを嗜めたが、後の祭と言うものだ。
 「ああ、悪い。うーん、でも、一体どんな事を想像したんだろうな」
 のんきに呟くイノリの横で、天真は更に壊れていく。
 「蘭が、蘭が、俺の蘭がああっ! 小学校の文集で、将来の夢は「お兄ちゃんのお嫁さん♪」と書いてくれた、あの清らかな蘭があああ!!」
 さすがに皆も唖然として、視線を天真に移した。詩紋が恐る恐る尋ねる。
 「先輩…? えーと、もしかして、その文集、大事にとってあったりする?」
 「おう! 蘭と同級の奴を三人脅して、普段見る用、持ち歩き用、保存用と確保してある!」
 皆が天真から視線をそらし、一斉にあかねを見た。
 「あかね…。お前、なんであんなのと付き合ってんだ?」
 「…私も分かんなくなってきた」
 一人を除いて、その場にいた全員が深いため息をついた。


 「いいのかい?」
 一方、庭では友雅が天真の壊れっぷりを呆れたように見ながら、腕の中の蘭に問いかけた。
 蘭はやはり兄の様子を見ながら、満足そうに笑う。
 「いいの。お兄ちゃんがいつまでもあんなんじゃ、向こうに帰った後、おちおちボーイフレンドも作れないもの。少し免疫つけてもらわなきゃ。ショック療法というものよ」
 彼らが来た事はすぐに分かった。というか、あれだけ騒がしくして分からないほうがおかしい。これはいい機会だと、蘭はいつまでも幼い妹のイメージを捨てきれない兄にお灸を据えてみる事にしたのだ。
 友雅が深く息をついた。
 「君もたくましくなったねえ」
 「あなたのおかげよ、ありがとう」
 蘭は友雅を見返し、いっぱいの感謝を込めてにっこりと笑った。


<劇終>


シリアスを書くと、どうしても反動が…(^^;
やっぱ、天真はシスコンなところがいいのです(これは、やり過ぎでしょうが…)

 

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