聖なる夜までもう少し
翠 はるか
もうまもなく師走に入ろうかという頃。
灰色の雲が重く立ちこめ、初雪の予感を感じさせる空の下、友雅はコートの裾を北風になびかせながら、中心街の通りを歩いていた。
クリスマスが近いため、通りは色とりどりのライトや小物で飾り付けられており、とても華やかだ。道行く人の顔も心なしか浮かれて見える。
友雅も華やいだ雰囲気は嫌いではないが、宣伝広告や呼び込みの煩さには閉口する。だが、日が落ちたときに輝きを増すライトは、星が地上に降りてきたようで、とても綺麗だと思う。
おや……?
交差点を渡ろうとした友雅は、向かい側の通りに見覚えのある人影を見つけて、足を止めた。
その人物は、デパートのショーウィンドウを見ながらため息をついたりしている。
何をしているのかな?
特に用事のなかった友雅は、ふらりとそちらに足を向けた。何となく、おもしろい事になりそうな気がして。友雅がすぐ傍まで来ても、彼は全く気付かなかった。相変わらずショーウィンドウの中を見て、ため息をついている。
「頼久」
友雅が後ろから、ぽんと彼の肩を叩くと、油断しきっていた頼久は飛び上がって驚いた。
「わっ…! ……と、友雅殿!?」
予想以上の反応に、友雅のほうが戸惑ってしまう。
「どうしたんだい? 私が来たことにも気付かないし」
優秀な武人であった彼にしては珍しいことだ。そう思って尋ねると、頼久は目に見えてうろたえた顔になる。
「いっ、いえ……。何でも……」
「何でもないという顔ではないけれどねえ」
言いながら、ちらりとショーウィンドウに視線を向けた友雅は、小さく笑みを浮かべた。
ショーウィンドウの中には、「冬を彩るジュエリー」と題して、いくつかのタイプのアクセサリーが展示されていた。
「ふうん。あかね殿に差し上げるのかな?」
「いや…っ、その……」
頼久はますます慌てた表情になったが、やがて観念したように、小さく息をついた。
「はい。クリスマスにお贈りしようかと……」
「ふふっ。君が女性に贈り物をするようになるとは、ほんの一年前には考えられなかったことだね」
からかうように言うと、頼久の頬にさっと朱が走る。
「友雅殿、からかわないでください」
「ああ、すまない。しかし、君にしてはなかなか気が利いているね。あかね殿も喜ぶだろう」
あかねの名を出すと、頼久の表情が和らいだ。
「やはり、そう思われますか? 先日、天真からくりすますには、女性に指輪を贈る風習があると教えてもらったので、どんなものがいいかと思って見ていたのですが……」
「天真から?」
友雅は軽く首を傾げる。彼は、そういう行事などにはあまり興味がなさそうなのに。
……まあ、構わないが。
「それで、どれにするかは決めたのかい?」
水を向けると、頼久は口ごもり、ショーウィンドウのほうへ目を向けた。
「それなんですが……。たくさんありすぎてよく分かりませんし、何より、あかね殿に合う指輪のサイズが分からなくて……」
「指輪のサイズ? だったら、本人に聞くか……、いっそ、一緒に買いに来たらいい。そうすれば、どれにするか悩む必要もないだろう」
「私も最初はそう思ったのですが……。天真が言うには、ぎりぎりまで黙っていて、当日、突然贈るほうが、女性は感動するそうなのです」
頼久がごく真面目に言う。友雅は喉の奥にこみあげてくる笑いを、必死にかみ殺した。
「そう……」
頼久は真剣だ。この分だと、他にも色々と吹き込まれているんだろう。
……なるほど。これが天真の目的か。完全に遊ばれてしまってるねえ。
だが、おもしろいので、友雅もあえて訂正しなかった。
「そうだね、だったら……」
「あ、頼久さーん!」
友雅が言いかけた時、後ろから弾むような声が聞こえてきた。
二人してそちらを振り返ると、あかねがぶんぶんと手を振りながら、こっちに駆け寄ってきていた。
「なんだ。あかね殿と待ち合わせしていたのか」
「はい。私の仕事が休みの日は、いつも一緒に出かけているのです」
「……あ、そう」
そんな事を話しているうちに、あかねが二人の元にたどり着く。
「あれ? 友雅さん、どうしたんですか?」
「ここで偶然会ってね。少し話をしていたんだよ」
「そうですか。お仕事のほう、どうですか?」
にこにこと話しかけてくるあかねを見て、友雅はふと思いついた。
「まあ、それなりにやっているよ。それより、あかね殿」
言いながら、友雅はあかねの手を取って、両手で包み込むように握りしめた。
とたんに、頼久の顔色が変わる。
「手がこんなに冷えてしまっているよ。そろそろ手袋でもしたほうがいい。せっかくの綺麗な手が荒れてしまうのは残念だからね」
そう言って、あかねの手の甲をさする。
「そうですね。急に寒くなりましたから。あ、もういいですよ。ありがとうございました」
「そう」
友雅が、すっとあかねの手を離す。それから、ちらりと頼久のほうに視線を走らせた。
「ところで、あかね殿。頼久にもう少し話が残っているのだが、少しだけ、彼を借りていってもいいかい?」
友雅が言うと、あかねが軽く目を見開く。
「えっ? どこに行くんですか?」
「すぐそこまで。なに、2,3分の間だよ。すぐにお返しするから。頼久、ちょっとこちらに来たまえ」
一方的に言って、友雅は、かみつきそうな目で自分を見ている頼久の腕を引っ張った。
「な、何ですか、友雅殿っ」
「いいからいいから」
あっけにとられているあかねを残し、友雅は頼久をずるずると引きずっていった。デパートの角を曲がって少し行った所で、友雅は足を止めた。
「……何だというのですか?」
頼久が仏頂面で尋ねると、友雅は彼の腕を離して、くすりと笑った。
「怒らない怒らない。いい事を教えてあげるから」
「いい事?」
「あかね殿の指輪のサイズだけどね。9号でいいと思うよ」
「えっ?」
頼久が怒りを忘れて、目を見開く。
「……どうして、友雅殿がご存知なのですか?」
「間近で見れば、大体分かるものだよ」
「……それで、先ほどあかね殿の手を握りしめられたのですか?」
握りしめた、というところを妙に強調して、頼久が尋ねる。友雅は、笑いながら頷いた。
「まあ、そういう事だ。だから、そんなに怒らないで。これで、あかね殿に指輪を贈れるだろう?」
「……それは…、まあ……」
「ああ、指輪のデザインの事は蘭殿に相談してみると良いと思うよ。彼女はあかね殿と親しいし、年も近いしね。ぴったりの物を選んでくれるだろう」
「……そうですね。どうも…、ありがとうございます」
まだ、完全には割り切れていない表情だったが、頼久は友雅に礼を言って、頭を下げた。
やはり、この方は女性の事を良く知っていると思う。ただ、二度とあかね殿の事で相談するのはやめよう。
その時、背後から声がかかった。
「―――友雅さん? もう五分たちましたけど……」
「ああ、姫君は待ちかねているようだね。では、頼久。私はこれで失礼するから、二人でゆっくり楽しんでおいで」
駆け寄ってくるあかねとは逆の方向へ、友雅は歩き出した。クリスマス…ね。
再び、人ごみの中を歩きながら、友雅は一人ごちた。
別に、特別な演出なんかしなくても、あかね殿は頼久が贈り物をしてくれるというだけで、十分喜ぶと思うけれどね。まあ、どちらにしろ幸せなんだろうから構わないが。私も面白いものが見れたし。
……けれど、まあ。
友雅はわずかに目を細め、先程よりも雲が厚くなったように見える空を見上げた。
……まあ、たまにはそんな風に、互いの心を感じてみるのも悪くはないかもしれないね。
小さく微笑みながら、友雅はとりあえず24日の顛末を楽しみにしていようと思った。
<了>2000.12.24 up .
皆から遊ばれる頼久くん(^^;。
でも、本人は幸せだからいいのよ、ははは。
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