決戦後 第二幕

                翠 はるか


 遙かなる時空を越えて、京へ召喚された少女、元宮あかねは、龍神をその身に招き、見事、京を救った。
 半ば、気を失った彼女を抱き支えたのは、常に、彼女の傍らにあった天の青龍 源頼久。彼は、腕の中の少女の無事を確かめると、彼女に、今後も変わらぬ忠誠を誓ったのだった。
 「神子殿。どうか、私をあなたの世界へ……」


 「―――――髪を?」
 頼久は、戸惑った表情で、彼に現代の知識を叩き込むために集まった三人(あかね、天真、詩紋)の顔を見回した。
 「ええ。私たちの世界では、髪は、短いのが普通なんです。まあ、最近はそうでもないけど、頼久さんみたいな髪型はないですし。そのままだと、ものすごく目立っちゃいますよ」
 「そ、そうなのですか」
 「ええ。天真くんも詩紋くんも短いでしょ? だから、切って下さい、お願いします」
 「は、はい……」
 浮かない表情の頼久に、天真は呆れたように口をはさむ。
 「よう、頼久。髪くらいでゴチャゴチャ言ってたら、向こうで暮らすなんてできねえぞ。大体、お前らの髪は鬱陶しすぎだ。良い機会じゃないか、ばさっとやっちまえよ」
 「天真先輩、それは乱暴だよ。ここの世界では、髪を切ることは、世を捨てるって意味なんだから。頼久さんも戸惑うよ」
 「でも、このまま連れていくわけにはいかないだろ? せめて、見てくれだけでもマトモにしていかねえと、家に連れていったとたんに、親から追い出されるぜ」
 「う、うーん……、それは、そうかなあ…?」
 「ああ。もし、蘭がこういう男を家に連れてきたら、俺は間違いなくそうする」
 「なるほど!」
 頼久が不安そうな表情になる。
 「そうなのですか、神子殿? 神子殿の親御には、私のような者は嫌われてしまうのでしょうか……」
 「え、そ、そんな事はないですよ。…もう、二人とも、せめて、もう少しマシな説得してよ」
 「へいへい」
 二人が頷いたのを見て、あかねが、頼久を振り返る。
 「ごめんなさいね。天真くんてば、本当に言葉が悪いんだから。大丈夫ですよ。頼久さんは、ずっと私を守ってくれた恩人ですもの。その事を知ったら、私の両親も頼久さんに、ものすごく感謝しますよ」
 「そんな……。守っていただいたのは、むしろ、私のほうです」
 「いいえ。感謝してるんですよ。これからも、私を守ってくれるっていうんですもの。髪の事、不安かもしれませんけど、すぐになれると思いますよ。それに、短いのも似合うと思うし。天真くんくらいの髪の頼久さんかあ。ふふっ」
 「は、はあ。神子殿がそう仰るのでしたら…。しかし……、あのような鳥の巣みたいな頭になるのですか……」
 頼久がぼそりと呟くと、天真の眉がぴくりと跳ね上がった。
 「おい、頼久っ。てめえ、今まで、俺の髪をそういう風に思ってたのか!?」
 「あ…、い、いや……(しまった)。そういうわけでは……」
 「そういう事だろうが。大体、それを言うなら、俺より、詩紋のほうがよっぽど鳥の巣だぜ」
 「えー! ひ、ひどいよ、天真先輩。おフランス生まれのお母様から受け継いだ、僕のくるくるキュートヘアにけちつけるなんてっ」
 とばっちりを受けた詩紋が、じわりと涙を浮かべながら、しっかりと自己主張する。
 「なあにがおフランスだよ! ったく、香水くせえな」
 「もうっ! やめてよ、二人とも!」
 あかねが目を吊り上げて、二人の間に割って入った。
 「こっちの世界じゃ長髪が普通なんだから、天真くんや詩紋くんの髪型が奇妙に思われても仕方ないよ。天真くんだって、頼久さんを初めて見たとき、かりあげをそのまま伸ばしたような変な髪形だな、とか、髪結うならあの邪魔くさい前髪も一緒に結えばいいのに武士が何を下手なしゃれっ気出してるんだ、とか思ったでしょ!?」
 「……俺は、そこまで思ってねーよ……」
 頼久が、傷ついたように顔を伏せる。
 「……天真。そのように思っていたのか」
 「だから、思ってね―ってば! 言ったのは、あかねだろ!」
 「ひどーい! 私のせいだっていうの?」
 「そうだ、天真。神子殿に責任を転嫁するなど……みっともないぞ」
 「おいっ!」
 あかねが、ぷいっと天真から顔を背け、代わりに頼久を見つめた。
 「いいんです、頼久さん。私、頼久さんに信じてもらえればそれでいいですから。ね?」
 「神子殿……。はい、私は何時でも、神子殿のお心のままに」
 「頼久さん……」
 ―――――この、バカップル。
 天真は脱力して、その場にへたり込んだ。
 「…それじゃ、髪を切ること承知してくれますか?」
 あかねが問うと、頼久は、先ほどまでとは打って変わった明るい表情で頷いた。
 「はい。神子殿のお側にいるために必要な事であれば、どのような事でも」
 「嬉しいです、頼久さん。じゃ、詩紋くん、よろしくね。後ででいいから」
 「はあい。やっぱり、僕が切るんだね」
 「だって、こういう時に頼りになるのは、詩紋くんだもん♪」
 「いつも、そういう役回りだもんねえ。ま、いいけど」
 「ありがと♪ あ、そういえば頼久さん。ちょっと気になったんですけど、頼久さんは私の髪型を最初見たとき、どう思いました?」
 「え? 神子殿の御髪ですか?」
 「はい」
 あかねがにこにこしながら問う。頼久はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
 「…そうですね。肩口できれいに切り揃えられていて」
 「うんうん」
 「その姿で、アクラムに向かっていかれた様子を見て、まるでお伽話の金太郎のようだと思いました」
 あかねの表情が笑ったまま、ぴしっと固まる。
 そして、その表情のまま立ち上がり、奥の部屋へ入っていく。
 「まずいっ! 詩紋、追いかけるぞ。頼久、お前はここにいろ」
 これはヤバいと思った天真が、詩紋を引き連れて、あかねの後を追う。
 二人が追いついた時、あかねは寝所に置いてあった髪箱を、がっと掴んだところだった。
 天真と詩紋が、慌ててその手を押さえる。
 「おい、これを頼久に投げつけるつもりじゃないだろうな。当たり所が悪けりゃ死ぬぞ」
 「いいじゃない。頭にでも当たれば、ちょっとはマトモな感性になるでしょうよ」
 あかねが、ぞっとするほど冷たい声で言い放つ。
 「それはやりすぎだっ。大体、お前さっきは、世界が違えば、奇妙な髪型と思われても仕方ないとか言ってなかったか!?」
 「うるさい! …なによなによ、『金太郎』ですって!? 人が毎朝気合入れて髪を整えてるのは、誰のためだと思ってるの! よりによって、うら若き乙女を、熊とすもうをとるような男と一緒にするなんて!」
 お前ならそれくらいやりかねないと天真は思ったが、そこで突っ込めば、彼女が手にしている髪箱が自分に向かって飛んでくるだろうことは、容易に予想できたので、黙っていた。
 その間に、あかねが二人の手を振り払って立ち上がる。
 「ま、待って、あかねちゃんっ」
 そのあかねのスカートを詩紋が引っ張り、必死に彼女を止めた。
 「頼久さんは悪気はないんだよ。感じた事を少ないボキャブラリーで、そのまま口にするから、こういう事になるだけなんだ。ほら、いわゆる『天然』ってヤツだよ。だから、普通の人が素面じゃ言えないような恥ずかしいセリフも平気で口に出せるんだ。あかねちゃん、頼久さんのそういうところが好きなんでしょ? だったら許してあげてよ、ね?」
 あかねがぴたりと動きを止め、思案するように口元に手を当てる。
 「……それもそうかな」
 「そうでしょ、そうでしょ。だから、ねっ?」
 「………………」
 しばらくして、あかねがにっこりと笑う。
 「そうだね。頼久さんは天然ストレートなところがいいんだもんね。時々、気が利かないのはご愛嬌ってところで。うん。
 それじゃ、次は服装について教えないとね。どんなのがいいかなー♪」
 すっかり機嫌を直して、軽い足取りで頼久の所へ戻っていく。残された二人は、その場にへたりこんで、盛大な息をついた。
 「ふう…。ナイスフォローだったな、詩紋」
 「うん。うまくいってよかったよ。……でも、髪型ひとつでこんなにもめてたんじゃ…、現代に帰れるの、いつになるんだろうね……?」
 「……さあな」
 二人は、再び深いため息をついた。

 そして、その心配どおり、四人が元の世界への帰途についたのは、たっぷり二週間以上経ってからのことであった。


<終劇>


何だって、こう、「ひどいあかねちゃん」が好きなのかねえ(^^;。
いや、まじめなラブロマンスも考えたりするんですが、頼久とあかねだと
どこまでもいってしまうので(汗)。

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