「龍神よ、来て! 私の元へ!」
遙かなる時空を超えて、この地へと召喚された少女、元宮あかねは、その力により京の穢れを祓い、京を救った。
京を、そして何よりも大切な人を救うために。 「・・・? あれ、私・・・・・・」
「神子殿、お気がつかれましたか?」
「私・・・・・・」
あかねは、ぼうっとする頭で、辺りを見回した。
目の前には、今にも泣き出しそうな顔をした頼久。そして、見慣れた神泉苑の清らかな水流。
「良かった、戻ってこられて・・・。あのまま、神子殿が龍神に召されてしまうなど考えたくありませんでした」
「頼久さん・・・・・・」
そっか、私、龍神を呼んで、それで・・・・・・。
頼久が、きっと顔を上げた。
「神子殿、お願いしたい儀がございます」
「え?」
「どうか、この京に、この頼久の元に留まって頂けないでしょうか。あなたを、一生お守りしたいのです」
「・・・・・・・・・・・・!」
あかねの目が見開かれる。
ここに? 頼久さんの元に?
うれしい・・・、でも・・・・・・。
頼久の申し出に、あかねは答えることができなかった。
それを拒絶の意と取ったのか、頼久の表情がくもる。
「申し訳ありません。無理なお願いをしてしまいました。どうか、お気になさらずに・・・」
「あ、違うんです!」
あかねは頼久の誤解に気付き、慌てて彼の袖をつかんだ。
「違うんです。私・・・、私、とても嬉しい。私もずっと、頼久さんの側に居たい」
「神子殿・・・」
「でも・・・、ごめんなさい。少し、考えさせてください」
あかねが顔を伏せる。膝の上でぎゅっと握り締められた拳が震えているのに、頼久は気付いた。
「分かりました、神子殿。どうか、顔を上げてください」
「うん・・・」
顔を上げると、頼久の優しい笑顔があった。
自分以外の者には、ほとんど見せない微笑み。
この笑顔を手放したくない。でも、時空を隔てた者の恋は、そう簡単ではないのだ。
その後、あかねたちは、とりあえず藤姫の館に戻った。あかねも八葉も、最終決戦のために疲れきっていた。
そして、次の日、あかねの部屋に、天真と詩紋が訪れた。
「よお、あかね」
「おはよう、あかねちゃん」
「あれ? 二人とも早いね」
「ああ、やっと終わったんだ。蘭も戻ってきたし、な。寝てられっかよ」
晴れ晴れとした表情の天真を見て、あかねは笑顔になった。
「うん、本当に良かったよね」
「ああ、こんな妙な世界に連れてこられた甲斐があったぜ」
「ふふっ」
「―――― あ、あのね、あかねちゃん」
二人で笑いあってると、詩紋がおずおずと口をはさんできた。
「それで、もう僕たち、帰れるようになったんだよね。あかねちゃんは・・・、どうするの?」
「あ――――」
あかねの表情がみるみるしおれていった。
「うん・・・、そうだよね。決めないと・・・」
「迷ってるのか」
「うん・・・・・・」
天真が、ため息をついた。
「まあ、仕方ないな。ここに残れば、家族とは二度と会えないかもしれないし・・・」
「違うの」
「え?」
あかねは、じっと天真を見つめた。
「親兄弟とは、いつか絶対に離れる運命にあるんだもの。それは仕方ないわ。私が諦めきれないのは、『永遠の仔』の最終回が見れなくなることよ」
「は?」
天真と詩紋が、同時に間の抜けた声を上げる。
「結局、笙一郎はどうなるの? 母親殺しの犯人は誰? 夕希の父親を殺したのは? 最終回では、何人死ぬの? それを考えると、ああっ、夜も眠れないわっ」
頭を抱えて苦悩するあかねとは裏腹に、二人は、唖然とした表情のままあかねを見つめていた。
「あの・・・、あかね、ちゃん? そのために悩んでるの・・・?」
「うん」
あかねがきっぱりと言うと、詩紋が渇いた笑い声を立てた。
「はは・・・、え、と、でも、僕たちがこっちに来てから、3ヶ月経ってるし、もう終わってるんじゃないの?」
頭が混乱して、間の抜けた答えを返すと、あかねは、顔を上げて、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫。毎週、自動録画にしてあるから」
「は、はは・・・。そう・・・、さすがだね」
「・・・馬鹿馬鹿しいっ」
ようやく立ち直った天真が、吐き捨てるように言って、立ちあがった。
「何よ、馬鹿馬鹿しいって。私には大事なことよ」
「あー、そーかよ」
天真の目が、一層冷たくなる。
「だったら、頼久をあっちに連れてけば?」
つきあってられるか、全く。
ほとんど勢いで言った言葉なのだが、あかねはそれを聞いて、難しい表情をして、考えこんだ。
「うーん。それも考えたんだけどねえ。頼久さんの忠義一途なところって、この時代では、ものすごく格好いいんだけど、現代では、ちょっとおかしい人としか思われないじゃない?
それに手に職があるわけじゃないし。現代は、腕一本で食べていけるって時代じゃないもの」
「・・・・・・お前、本当に、頼久のこと好きか?」
もはや、完全に脱力しきって、天真が尋ねると、あかねはむっとした顔になって、天真を睨み付けた。
「当たり前でしょ! 何のために、こんなに悩んでると思ってるの?
・・・私、私、頼久さんがいてくれたから、最後まで頑張れたのよ」
TVドラマと、秤にかけた奴がよくゆーよ。
天真はそう思ったが、もう口にする気力が無かった。詩紋も同様である。
そんな二人をよそに、あかねは、何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! 天真くんのおうちって、そばやさんだよね。そこに弟子入りするってどうかなあ」
「は?」
再び、天真が目を丸くした。
「弟子入り・・・って・・・、頼久にそば打たせよう、ってのか・・・?」
「うん。まあ、そばやさんじゃなくてもいいんだけど、頼久さんって職人向きだと思わない? 規律に厳しいところとか、一本気なところとかさ。真冬でも、冷水で皿洗いできそうだもの」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ! 詩紋くんの会社に雇ってもらうっていう手もあるよね」
「え? 僕?」
いきなり、話を振られて、詩紋は、びくっと肩を震わせた。
「うん! 詩紋くんち、大会社でしょ? 一人くらい、余分な人員を雇っても平気だよね。
・・・そうだなあ。警備員ならちゃんとやれるんじゃないかなあ。あれだけ、身体を鍛えてれば、素手でも、かなり強いと思うし。ね、どう? 詩紋くん」
「あ・・・、いや、ほら・・・、最近は、不景気だし・・・。僕のところも、そんなに楽じゃないんだよ・・・」
「なあに言ってるの。おぼっちゃんのくせに。あっちに帰ったら、また食事おごってね」
「い、いや・・・、あの・・・」
詩紋が、助けを求めるように天真を見る。だが、天真はもはや耐えられないといったように首を振り、あかねの部屋を出ていった。
「あ、ま、待って、天真先輩!」
詩紋も、あわててその後を追おうとしたが、あかねががっちりと袖を掴んで、離さなかった。
「天真先輩のばかあ〜〜〜〜〜〜!!」
許せ、詩紋。
罪悪感を抱えつつ、足早に廊下を渡る天真の耳に、更にあかねの声が飛び込んできた。
「あ、そうそう、詩紋くん。スーツも何着か仕立ててくれる? 頼久さんって、顔、一流だし。あのポニーテールもどきの髪を何とかして、びしっと決めれば、すっごく格好いいよね。ふふっ、友達に見せて回っちゃおうっと」
頼久はアクセサリー代わりかよ、ったく。
天真は肩を落として、廊下を歩いていった。
「――――― 天真ではないか」
しばらく歩いたところで、天真は誰かに呼び止められた。
「よっ、頼久っ」
頼久が、手に何か包みを持って、庭先から天真を見ている。
「どうした? 何か考えこんでいたようだが」
「い、いやっ、何でもねえよ」
まさか、本人に言うわけにはいかない。
「それより、お前こそ何やってんだよ」
「ああ」
頼久が、わずかに目を伏せる。
「神子殿のところへ行く途中だ。藤姫さまから、新しい衣を届けるように頼まれてな」
「あっ、あかねのところに行くのか」
「ああ。どうした、天真。驚くようなことか?」
「い、いや・・・」
天真は、背中に汗をたらたら流しながら、頼久の様子を窺った。
嬉しいような、苦しいような、複雑な表情をしている。少し目が赤いのは、夜、眠れないのかもしれない。
きっと、あかねのことで悩んでんだろうな。今まで、その最愛の女に何と言われてたかも知らずに。
天真は、心底、頼久が気の毒になった。
「頼久」
天真は庭に降り、頼久の両肩をがっと掴んだ。
「強く生きろよ。何があっても、俺はお前の友達でいてやるから」
「??」
「じゃあな」
訝しげに自分を見る頼久を置いて、天真は、そのまま京の散策に向かっていった。