荒風嵐陣


 ドッカアア〜〜〜〜ン!!!!

 昼下がりの左大臣邸に、突然轟音が鳴り響いた。
 まるで、震度5の直下型地震でも来たのかと思うほどの衝撃だ。だが、邸の者は皆平然といつも通り仕事を続けている。彼らにとっては、こんな事は日常茶飯事なのだ。

 「……友雅さん。人の拳を受け止めないというのは、卑怯なんじゃないですか?」
 「今更、君の口から卑怯なんて言葉を聞くとは思わなかったよ。『龍神の神子』という立場をたてに取って、私の藤姫と無理やり風呂に入った君の口からね」
 「その時間、友雅さんは貴族である事を武器にして、私の頼久さんを酔い潰して、嫌がらせに耳たぶに歯形をつけてたでしょう。頼久さん、天真くんに笑われて半泣きになってたんですよ」
 「…ふっ。頼久がなかなか君との関係を教えてくれないものだから、つい鬱憤がたまってしまってね」
 「当たり前ですよ。私と頼久さんの関係は、言葉で言い表せるような簡単なものじゃないんです」
 「なるほどね。頼久も大変だ」
 「藤姫こそ、こんな×××に目をつけられて可哀想に。私が守ってあげなくっちゃ」
 「私の藤姫に、君みたいに△△△な子を近付けさせる訳にはいかないな。悪いが、邪魔させてもらうよ」
 「悪いなんて思ってないくせに白々しい。大体、『私の藤姫』って、いつから友雅さんのものになったんですか」
 「最初からだよ。私と藤姫は、一目逢ったその時に恋に落ちたんだ」
 「落ちたのは友雅さんだけでしょう。ふんっ。私と頼久さんなんか、神代の昔から、この京で巡りあって運命の恋に落ちると決まっていたんです」
 「ふっ。過剰すぎる自意識というものは、時に美しいとすら感じるものだね、神子殿」
 「その言葉、そっくりそのまま友雅さんにノシつけてお返しします」

 「おーおー、やってるやってる」
 天真とイノリは八葉の控え室から顔を出して、友雅とあかねの様子を覗いていた。
 「相変わらず、ハタ迷惑な奴ら……退屈しなくていいけどよ」
 「でもよー、天真。結局、あいつらって同じ事言ってねえか? やってる事も、なんか似てるしよ」
 「だから互いに気に食わねえんだろ。同族嫌悪ってヤツだよ」
 「ドウゾクケンオって何だ?」
 「…んー。まあ、要するに、互いの存在が許せないって事だよ」
 いい加減な、だが核心を突いた説明をした後、天真は再び二人のほうに視線を向けたのだった。

 「今度という今度は本当に許せないんですよ。人のものに傷をつけるなんて」
 「それに見合うだけの事をしたとは思わないか? 私より先に私の藤姫と……」
 「ふふふふふ。可愛かったですよ、藤姫。つるつるで柔らかくて」
 あかねが勝ち誇ったように、にやりと笑う。友雅の眉が急角度に跳ね上がった。
 「……そう。君がそういうつもりなら――――」
 友雅が低く呟く。と、その時だ。突風が二人の周りだけに吹き荒れ、砂埃が舞い上がった。

 

 寒風吹きすさび、空を切り裂くような音を立てる。舞った砂埃が周囲を黄色に染め、その様子はさながら荒野のようだった。
 「……なあ、ここって確か藤姫の邸だったよな?」
 相変わらず二人の様子を覗いていたイノリが、二人の闘気に反応するかのように様相を変えた庭を見て思わず呟いた。
 「ああ。もうここまで来ると、誰も止められねえな」
 止められたとして、そんな事をする気はさらさらないくせに、天真が白々しく頷いた。
 そんな二人をよそに、あかねと友雅の間の緊張感は高まりつづけていた。
 互いに一分の隙も見逃さぬよう目を走らせ、間合いを計る。そして、とうとう二人の拳が同時に繰り出され、まさに火花を散らさんとしたその時――――。
 「大変大変っっ!! あ、天真先輩っ!」
 藤姫の部屋の方角から、詩紋が慌てた表情で駆けて来た。
 「あ? どうしたんだよ、詩紋。今いいとこなんだから静かにしろよ」
 「そんな事言ってる場合じゃないよ! 大変なんだ、藤姫と頼久さんが……」
 とたんに、荒れ狂っていた突風がぴたりとやんだ。
 「「私の 藤姫/頼久さん が!?」」
 驚くべき事に、耳をつんざくような風の音の中、あかねと友雅の二人は自分の大事な者の名を聞き逃さず、同時に叫んだのだった。
 「「私の 藤姫/頼久さん がどうしたって!?」」
 そして、同時につかつかと二人の迫力にびくついている詩紋に詰め寄り、その肩をがっと掴んだ。
 「あ…、あの……、さっき、頼久さんと藤姫と僕の三人でお話してたんだけど…、あ、市の事で聞きたい事があっただけだから。別に特別な話は……」
 「そんな事はどうでもいいの! 二人に何かあったの!?」
 「(いつも世間話しただけで怒るくせに) …あのね、話をしていたら急に部屋の中が暗くなって、アクラムが現れたんだ。そして、藤姫とそれを助けようとした頼久さんを水晶球の中に封じ込めて、どこかに消えちゃったんだ」
 「何ですって!? くっ、あの厚化粧仮面、私に何度戦ってもかなわないからって、よりによって頼久さんと藤姫にちょっかいかけるなんて!」
 「全くだ。あの男、前々から趣味が悪いとは思っていたが、ここまで無粋な男だったとは」
 「あら、珍しく気が合いますね、友雅さん」
 「そのようだね。それで詩紋。奴はどこへ行ったんだい? すぐに助けに行かなくては」
 「分からないんです。でも、もしかしたら泰明さんなら気の方向とかで分かるかもしれないと思って、聞きに来たんですけど……」
 「―――呼んだか?」
 突然、詩紋の頭上から低い声が降ってきた。
 「うわあっ! 泰明さん、いつの間に背後に立ってたんですかっ!?」
 控えの間の奥にいたはずの泰明が、いつも通りの無表情で詩紋の後ろに立っていた。
 「今だ。それより私に聞きたい事があるのではなかったのか?」
 「そうなんです、泰明さんっ。私の頼久さんと藤姫がアクラムにさらわれちゃったみたいなんですけど、今どこにいるか分かりませんかっ?」
 「…ふむ。では、二人の気を探ってみよう」
 泰明はあかねたちの脇をすり抜けると、庭に降りていった。目を閉じて、口の中で呪言らしきものを唱え始める。
 じりじりとして待っているあかねと友雅にとっては、永遠とも思える時間が過ぎる(実際は一分少々)。そして、泰明が不意に目を開けると、北東の方向を向いた。
 「あちらだ。あちらの方角から二人の気配を感じる」
 「あちらか。泰明殿、それ以上詳しくは分からないのか?」
 「分からぬ。気を探るのにさほど時間がかからなかったから、京中である事は確かだが」
 「京中? うー、方角分かっても広すぎるなあ。でも、しらみつぶしに調べるしか……」
 「そんな余裕はないぞ。二人は水晶球に封じられたと言っていたな。なるべく早くに封を解かなければ、水晶の魔力に取り込まれる恐れがある」
 「え……? 取り込まれると…、どうなっちゃうんですか?」
 「水晶の一部となる。そうなれば、二度と外部に出る事はかなわぬ」
 泰明の淡々とした説明に、あかねと友雅はさっと顔色を変えた。
 「それでは、早く見つけて封を解かないと――――」
 「二人は二度と助からない……。泰明さんっ、どうやったら封を解けるんですか!? アクラムをぶち殺せばいいんですか!?」
 清らかなはずの神子から出たとは思えない物騒な発言だ。いつもの事だが。泰明も表情すら変えない。…それも、いつもの事だが。
 「完成した封は、術者の死に影響を受けぬ。封を解くには、神子、お前が水晶を浄化すればいい。鬼の力による穢れは、龍神の力によって祓う事が可能だ」
 「そうですか……」
 あかねと友雅は視線を鋭くして考え込んだ。そして、しばらくして同時に呟く。
 「水晶を見つけられれば浄化できるのに……。どうやって、見つけたらいいの?」
 「近衛府を使えば短時間で見つかるだろうが、私には封を解く事ができない……」
 二人ははっと顔を見合わせた。そのまま、しばらく見つめ合う。何も言わなかったが、互いの考えてる事が同じである事に、本人たちは気付いていた。
 あかねがふっと笑って、友雅をまっすぐに見る。
 「友雅さん。私、今まで友雅さんの事を単なる’敵’だと思ってましたけど、今からはその上に’強’をつけて、’強敵’としたいと思います」
 友雅が同じようにふっと笑い、あかねを見返す。
 「そして、”とも”と読ませる訳だね」
 「そうです、分かってくれましたか。さすが、友雅さん」
 「ああ。もしかしたら、私たちは一番互いの事を理解しあえる立場にあったのかもしれないね」
 「ええ、きっと」
 二人は互いの間に芽生えた感情を確かめ合い、どちらからともなく手を伸ばして、がっちりと握手を交わした。

 「……す、すげえっ。あの二人が握手を…っ!」
 事の成り行きを野次馬っていたイノリが、感嘆の声を上げる。
 「ああ。最強最悪のコンビの結成だな。…俺、ちょっとアクラムが気の毒になってきたぜ。絶対、楽に死なせてもらえねーぞ」
 天真も頷いて、同意を示した。
 「……結局、あの二人はやっぱり似たもの同士って事だったんだね」
 いつの間にかあかねたちとの会話から抜けていた詩紋が、そう締めくくった。


 しばらく後。
 水晶球の場所はあっという間に調べ上げられ、友雅とあかねはその場所――大文字山に来ていた。そこへ、アクラムが高笑いと共に現れる。
 「フフフ…。来たな、龍神の神子。それに…、地の白虎か(おかしいな。この二人は同じ空気を吸うのも嫌だという仲だと聞いていたが…、まあいい)。神子、この日を待ち望んでいたぞ。お前が我が物となり、そしてこの堕落した京をわが理想を持って……」
 「のうがきはいいから、とっととその手に持ってる水晶球を返してよ」
 あかねが口調は平穏に、だが不穏な目つきで言い切る。すると、徹夜で考えた美辞麗句を遮られたアクラムは、あからさまにむっとした顔つきになった。
 「くっ…。ふっ、まあいい。今日こそお前を我が元に跪かせてみせよう。そのための手駒も用意した。いささか卑劣と言われるべき行為かも知れぬが、私はそのような言葉何とも思わぬ」
 アクラムが得意げに言い放つ。だが、その言葉にあかねと友雅は可笑しくて仕方ないというように声を上げて笑った。
 「なっ、何が可笑しい!」
 「あんまり馬鹿な事言うんだもん。そんなもの、友雅さんの卑怯さに比べたら、屁みたいなものよ」
 「その通り。神子殿の性質の悪さに比べたら、お前などまだ素直で可愛らしいものだ」
 「な、なななんだとっ!?」
 山より高いプライドを打ち崩すような事を言われて、アクラムがかっと怒りに顔を赤く染める。その彼の前で、二人はにやりと笑った。
 「あらあら、真っ赤になっちゃって。どこからが服か分からないわね」
 「ひとつ言っておこう、鬼の首領よ。私たちが、お前などより深い怒りを覚えているという事を」
 「…行きますか、友雅さん」
 あかねが友雅にちらりと視線を送る。友雅は頷きかけ…、ふと何かを思いついたような表情になった。
 「神子殿…、思ったのだが、ここでこの男を倒してしまったら、このゲームは終わってしまうのではないか?」
 「……はっ! そうよ、そうなっちゃったら、私の役目は終わり……。嫌よ、まだこっちの世界で遊びたいのに」
 「そうだね。私ももう少し八葉でいたいと思ったりしているのだよ。こんな楽しい生活はそうない。星の姫として健気に生きる藤姫の姿も、もう少し目に焼き付けておきたいしね」
 「ええ、その通りですね。…それじゃ、死なない程度に、でも逆らいたくなくなるくらいに、ですね?」
 あかねが酷薄な笑みを浮かべる。友雅もそれに応える。その様子を見ていたアクラムは、冷や汗が大量に吹き出すのを止める事ができなかった。


 その後、無事に藤姫と頼久は助け出された。あかねと友雅はそれぞれに心からのお礼をしてもらい、大変ご満悦だった。
 この事件以来、姿を見せなくなったアクラムのその後に関しては、二人は黙して語らず、天真たちが勝手な推測をするのみだった。
 ちなみに、土御門邸の騒動がその後なくなったかどうかは、定かではない――――。


<完>


という訳で、あかね対友雅完結編です。
濃いですねえ(^^;。ちっと、「北○の拳」ネタも入ってますし。
けど、本人たちは大変楽しかったです。

作中に花を添えてくれた挿絵は、まるっちさんから頂きました。
キリ番を踏んだのを幸いに、描いていただいたものです。素敵な物を本当にありがとうです。
ちなみに、挿絵用に少しサイズを小さくしてます。元絵はこちらです。

 

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