幸せになる方法論

            翠はるか



 「おめでとう、大神さん!」
 「レニ、すっごくきれいだよ!」

 抜けるような青空の下、大帝国劇場の玄関前で、若い二人は祝福を受けていた。
 帝都の生みの親、そして、破壊者たらんとした大久保長安の怨念を鎮めた戦いから、早半年。
 吉日のこの良き日、若き総司令・大神一郎と、彼の最も有能な副官・レニ=ミルヒシュトラーセの華燭の典が、彼らの愛する大帝国劇場にて執り行われているのだ。
 三つ揃いに身を包んだ大神は、集まってくれた皆に手を振りながら、もう片方の手でレニの手を取って、劇場の階段をゆっくりと降りていった。
 今日は、大神華撃団のみんな、風組、薔薇組、米田元司令、メル、シー、その他にも、これまで共に戦った人が、みなお祝いに来てくれた。
 改めて、これまでの彼女たちとの思い出を振り返り、己が幸せをかみしめる。
 そして……。
 大神は愛しげに、ウェディングドレスをまとったレニを見つめた。
 レニも、嬉しそうに周りの皆の祝福に答えている。その笑顔は輝かんばかりだ。
 ―――これからも、彼女とともに歩いていくのだ。
 大神は、愛しさのままに、レニの手をぎゅっと握りしめた。レニが不思議そうに彼を見上げてくるのに、優しく微笑みかける。
 「レニ、幸せになろうな。そして、守ろう。俺たちの愛したものを」
 「…うん!」
 レニは満面に笑みをたたえ、大神にそっと寄り添った。


 その夜。

 大神とレニは、とあるひなびた温泉宿に逗留していた。日ごろ激務をこなしている二人に、皆からのささやかな贈り物だ。
 周囲は静かで、普段慌ただしさの中で、ともすれば失いがちになる心の余裕も、今日ばかりは二人の胸を深く満たしていた。
 大神は、荷物を部屋のもの入れに片づけた後、レニの様子を見た。彼女は、紅蘭の作った写真機の手入れをしている。それが珍しくて、大神は彼女の側にいき、その様子を横で眺めた。
 「レニ、写真に興味を持ったのかい?」
 尋ねると、レニは微笑んで、大神を見上げる。
 「この辺りを映していこうと思って。どんな素敵な贈り物だったか、皆にも見せたいから」
 「レニ……」
 初めて会った時からは、想像もつかない彼女の言葉に、大神は嬉しさを隠せない。愛しさが急速に湧き上がり、レニをぎゅっと抱きしめた。
 「隊長?」
 彼女の驚きの声に、大神はくすりと笑う。
 「隊長じゃないだろう、レニ?」
 「あ…。ごめん、なかなか変えられなくて…」
 レニが困ったように首を傾げる。この間、大神が自分を下の名前で呼ぶように言った時も、同じ表情をして戸惑っていた。思い出すだに笑みがこぼれて、大神はその感情のまま、レニにキスしようとした。
 「…っ!」
 とたんに、レニの瞳がはっと見開かれる。
 ボスッ。
 大神は妙な感触に目を開けた。レニが、濃紺の表紙のノートを自分と大神の顔の間に突き出しており、大神はその表紙にキスしてしまったのだ。
 「レニ、これは……」
 「隊長、その行為はまだ早い。計画が狂ってしまう」
 「計画って、レニ……」
 大神が呆れたような声を出すと、レニはノートを下ろし、はにかみながら笑った。
 「ボク、隊長のいい妻になろうと、一生懸命、計画を立てたんだ。聞いてくれる?」
 「そ、そうなのかい?」
 大神が気を取り直したように笑う。レニの様子に、再び愛しさが心に満ちてきた。
 大神が頷いたのを見て、レニはノートをめくる。
 「現在の時刻、18時12分。18時30分より夕食。30分ほど食事休憩を取った後、温泉へ向かう。30分で入浴を終え、次は帝劇のみんなへのお土産を選ぶ。ここで21時だ。その後は、一時間使って、次の日の予定と帰ってからの予定を話し合う。22時からは帝都ニュースを見る。23時に就寝だ。今の続きは、その時だね」
 「レ、レニ……」
 「それから、隊長。これを使って」
 口の端を引きつらせる大神の手に、レニは鞄から手の平に乗るほどの箱を取り出して、ぽんと乗せた。
 その箱を見た大神が、大きく目を見開く。
 「こ、これはまさか…!」
 レニが頷く。
 「ドイツから取り寄せた最高級の避妊具だ。使用法を守れば、効果は100%。夜までに、説明書をよく読んでおいてほしい」
 「レニ……、俺たちは夫婦なんだから、こんなもの使わなくても…」
 すっかり大神の声からは、力が抜けていた。そんな彼を、レニはきっと睨む。
 「ダメだ。計画では、第一子をもうけるのは四年後。その頃には、帝都の復興もなり、隊長も総司令の職務を、余裕を持って果たせるようになっている。その功績が認められれば大尉に昇進し、給与も5%増額。ボクも舞台女優としての仕事にひと区切りつけられる。環境的にも経済的にも、子育てに一番適しているんだ」
 「は、はあ……」
 レニの指が、更にノートをめくる。
 「それから、交わりは水曜と土曜の週二回。身体機能などを考慮して、最高の曜日と間隔を選んだ。他にも、月単位、年単位の計画表を作ってある。これが隊長の分だ」
 どさっと、大神の手に数十枚にのぼる紙の束がのせられた。その中身は、細かな字でびっしりと埋め尽くされている。ちらりと見てみると『子作りに適した体位表』なんてものも交じっていた。
 「レ、レニぃ〜〜〜…」
 「ボク、あの事件が終わった後から、ずっと色々な資料を集めて、この計画表を作っていたんだ。隊長と一緒にこの帝都を守り、一緒に幸せになるために最高の計画ができたと思う。頑張ろうね、隊長」
 レニはノートから顔を上げ、幸せそうに笑った。


<了>


 いやあ、サクラ大戦4のレニの結婚計画を聞いていたら、こんなもんが浮かんできて(^^;。
 久々のサクラネタだと言うのに。でも、楽しかった(笑)

 

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