風 花                                by  翠 はるか

 木枯らしが、庭の木々の隙間を吹き抜けていく。
 枝にわずかに残った朽葉が風に乗り、空へ舞い上がる。睦月の空は高く澄んで、ひどく寒々しい。
 だが、冷たい空気は心地良く、友雅は自室の庇の間に座って、御簾の影から庭を眺めていた。
 「…今日も冷えるね」
 ぽつりと呟き、友雅は目を閉じて、木枯らしをその身で感じる。冷風は指先を痺れさせるほどに彼の身体を打ち据えるが、その感覚でさえ今は心地よい。
 「……?」
 不意に、ふわりとした感触を頬に感じ、友雅は目を開けた。いつの間にか、空から無数の白い花が降っている。それは立ち枯れた木々に花をつけ、あるいは地に吸い込まれて消えていく。
 「風花か……」
 音もなく、雪が降りしきる。それは途切れる事なく、すぐに消えてしまう泡沫であるのに、まるで刹那の永遠を見ているようで。
 友雅は静かに立ち上がると、部屋を出て、庭へ降りて行った。柔らかな雪華が友雅の身に降りしきり、優しく包んでいく。
 視線を上に向けると、ただ空と雪だけが視界を覆いつくす。ひらひらと雪華が舞う様は、桜花を舞わす春疾風(はるはやて)を思い起こさせ、これも花に惑うという事なのかと、ふと思う。
 冬にひとときだけ咲く花。
 …雪はこんなにも冷たいものなのに、何故、人の心を温かにするのだろうね。
 雪が肌に触れ、溶けていく度に体温が奪われてゆく。次第に、友雅の肌が白くなっていくが、構わずに雪を受ける。
 昔、雪は空が大地に送る恋文だと言った人がいる。
 この雪ひとひらが、言の葉のひとひら。間断なく降りしきる様は、心の深さ。だとしたら、そんな想いがこもっているから、雪は温かいのかもしれない。
 「それならば、この身に降りかかる雪華は、天に帰った君から私への恋歌なのかな…」
 呟き、友雅は小さく笑った。
 たわむれに言葉遊びをしてみただけなのに、この景色に愛しさを感じている自分がいる。
 我ながら単純なものだ。
 友雅はひとしきり笑うと、再び雪華を降らし続ける空を見上げた。
 今頃は、あちらでも、雪の時期だろうか。
 「―――そちらで降る雪は、私から君への文だよ」
 友雅は遠い空に向けて呟き、濡れた裾を翻しながら邸へと戻っていった。


――― 了 ―――
 

 

わりと南のほうで生まれた私も、雪が降ると無性に嬉しくなります。
それにしても、友雅のモノローグって書きやすいなあ。

 

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