薄氷                                  by  翠 はるか

 冷たく凍えそうな夜。
 千歳は、廊下から空を見上げていた。
 見た目には、高く澄んだ美しい空。だが、彼女の目には黒雲が幾重にも折り重なって見える。
 「早く……」
 焦燥が、激しく彼女の胸を焼く。
 どうにかしたい、どうにかなるのか、どうにかしなければ。
 これまで、その思いに突き動かされるように動いてきた。道はひとつと信じ、持てる力を振るい続けて来た。
 けれど、今は進む道にかげりが見える。
 それは、白龍を身に住まわせる少女が現れてから。
 千歳は深く息を吐く。息は白くこごって、澱んだ大気へと消えていく。
 …迷っている暇はないの。お願い、私を惑わさないで。
 今さら、誰の手をも取ることはできないの。
 千歳は目を閉じ、脳裏に浮かぶ面影を振り払った。
 再び目を開けた時、彼女の目には強い光が浮かんでいた。
 「さようなら、白龍の神子」
 もつれた思いも、心の底に閉じ込め、千歳は室内に戻った。

 夜と孤独の中、少女は薄氷の上を進む。


―― 了 ――

 

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